健康

【やさぐれ手術録】第1回:鼻づまりなんて放置でいいと思ってた

鼻づまりなんて、ちょっと我慢すればいい。
そう思って10年放置した結果、手術台の上で人生見直す羽目になった。
これは、そんな俺の“鼻と向き合った”記録。 <details> <summary>▼ 目次を開く</summary>

  1. 東北から関東へ ― 環境の違和感
  2. 初めての診察、突然の「骨が曲がってますね」
  3. 10年放置という名の慣れ
  4. コロナ感染と、“呼吸”のありがたみ
  5. 父親としての決意と、○○市民病院への道

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東北から関東へ ― 環境の違和感

2013年、社会人になったばかりの頃。
東北から関東へ引っ越して、新しい会社での生活が始まった。
大学時代も一人暮らしはしていたけど、土地が変わると空気の感じがまるで違う。
乾いてるし、排気ガスの匂いも強い。
田舎の澄んだ空気とは全然違って、
「なんか体に負担かかってるなぁ」と思ってた。


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初めての診察、突然の「骨が曲がってますね」

そのうち、なんとなく鼻の通りが悪い日が増えた。
寝るときに片方の鼻が詰まって、朝起きると口の中がカラカラ。
「環境が変わったせいだろう」と思いながらも、社会人1年目のある日、近くの耳鼻科へ。

診察椅子に座り、先生がライトを当てながら覗き込んで一言。

「鼻の骨が曲がってますね」

……は? 骨?
“手術で削ると治りますよ”と軽く言われて、
25歳の俺は思考停止。
「ちょっと考えます」と言って、二度と行かなかった。


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10年放置という名の慣れ

それから約10年。
鼻づまりは完全に“自分の標準”になった。
寝るときは口呼吸、朝は喉が乾いて痛い。
「声、鼻にかかってるね」と言われても笑って流した。

人間って不便にも慣れる。
鼻が詰まっている状態が日常になると、それが異常だと気づけなくなる。


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コロナ感染と、“呼吸”のありがたみ

2022年の春、コロナに感染した。
喉の痛みがこれまでの風邪とは桁違いで、
呼吸のたびにヒリつくような痛みが走る。
「息ができる」ことのありがたみを、そこで初めて本気で知った。

体調が落ち着いたあと、鏡を見て思った。
10年前から、左の鼻は変わらず通っていない。
あのとき放置したままだったんだ、と。


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父親としての決意と、○○市民病院への道

その頃、娘が少しずつ大きくなってきていた。
笑う顔も、走る姿も、どんどん変わっていく。
そんな姿を見ていたら、
「この子の成長を、ちゃんと見届けたいな」と思った。

年を重ねるほど、健康でいることの意味が重くなる。
だから体の悪いところは、今のうちにひとつずつ直していこうと思った。

そんなとき、友人の看護師が勤めている**○○市民病院**のことを思い出した。
「そこなら相談してみよう」と電話をしたけど、
コロナ禍で“紹介状がない初診患者はNG”。
仕方なく近所の病院で薬をもらいながら様子を見て、
結局改善せずに紹介状を書いてもらった。

10年前は怖くて逃げた“手術”という言葉。
でも今は、迷いよりも前に進みたい気持ちのほうが強かった。
娘の未来をちゃんと見届けたい。
その思いが、俺の背中を押していた。


※次回:「紹介状を手に、○○市民病院へ」
CTで見た自分の鼻の中に、軽く絶望する。

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